<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom"><title>Blismile ー　ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに</title><link href="https://blismile.amebaownd.com"></link><subtitle>ダンスをもっと美しく、&#xA;もっとナチュラルに。&#xA;主にバレエや各種ダンスをなさる方を対象に、&#xA;ナチュラリゼーションをお伝えしている&#xA;「ブリスマイル」の公式ブログです。</subtitle><id>https://blismile.amebaownd.com</id><author><name>blismile</name></author><updated>2020-04-08T06:12:01+00:00</updated><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights><entry><title><![CDATA[5月6日までのレッスンについて]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/8042801/"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/8042801</id><summary><![CDATA[緊急事態宣言の発出を受け、日頃利用させて戴いているアイスタジオも4月8日から5月6日まで休業となり、その間のレッスンはお休みとなりましたので、大変申し訳ございませんがご了承お願い申し上げます。※一部、すでにご受講経験のある方のご自宅への出張レッスンは行います。（車でお伺いできる場合）5月6日以降、あるいはそれ以前に宣言が解除され、スタジオが営業を開始した際には通常通りレッスンを再開させていただくつもりでおります。レッスン再開の目処がたちましたら、こちらでのご案内とともに、受講者の皆様へはまた個別にご連絡させていただきます。先の見えない状況ですが、皆様がお元気でお過ごしいただけることを心からお祈りしつつ、またお会いできる日を楽しみにしております。Blsimile　門倉康子]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2020-04-08T06:12:01+00:00</published><updated>2020-04-08T11:09:20+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>緊急事態宣言の発出を受け、日頃利用させて戴いているアイスタジオも4月8日から5月6日まで休業となり、その間のレッスンはお休みとなりましたので、大変申し訳ございませんがご了承お願い申し上げます。<br></p><p>※一部、すでにご受講経験のある方のご自宅への出張レッスンは行います。<br><p>（車でお伺いできる場合）</p></p><p>5月6日以降、あるいはそれ以前に宣言が解除され、スタジオが営業を開始した際には通常通りレッスンを再開させていただくつもりでおります。</p><p>レッスン再開の目処がたちましたら、こちらでのご案内とともに、受講者の皆様へはまた個別にご連絡させていただきます。</p><p>先の見えない状況ですが、皆様がお元気でお過ごしいただけることを心からお祈りしつつ、またお会いできる日を楽しみにしております。</p><p><br></p><p>Blsimile　門倉康子</p><p><br></p>
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	]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[今こそ]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/8029974/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/336573a14ecee4b083b6eeb8d780e6a1_f5d47e8828bc30909ed2c2ebe505a9bb.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/8029974</id><summary><![CDATA[コロナウィルスの影響でお稽古がお休みになったり大幅に少なくなっている生徒さんや、リモートワークになって暫くたち、ワークをしているけれど相対的に運動不足をお感じの生徒さんもいらしたり、ご家族がお家にいらしてご自分のケアに割く時間や空間を確保するのも難しい場合もあるようですが、それぞれに先の見えない状況の中、様々に工夫を重ねて心身の健康を維持するべくこの時期を過ごされているようです。　週末の外出の自粛要請を受け、Blismileでも土曜日の自習会はお休みにした週末で、この先もそういう状況が続くかもしれないですが、「これまで学んできたことが、今、心身を健やかに保つ支えになっている 」と仰って戴くことも多く、嬉しく思っています。　梨状筋症候群のような症状が出ている生徒さんには、オンラインで新正体法（一瞬整体）の操法をお伝えするようなケースもありますが、これまで日頃のレッスンの中でも少しずつ新正体法の操法をお伝えする機会もありましたので、動診や操法の際のポイントなどについては把握なさっていらっしゃる方が多く、そうした際の対応も比較的スムーズに進み、直接お会いできなくてもサポートさせていただけることがあるということがありがたいです。　自分で自分を良くしていく、整える、そして学んできた何がその時の自分の状態にフィットするのかを考え・実践する力を育むことをずっとレッスンの主題にして参りましたが、今こそお一人おひとりがそれを発揮し、この状況の中で学びの経験を役立て、少しでも快適に、そして心やすらかに過ごしていただけることを願ってやみません。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2020-04-05T22:24:25+00:00</published><updated>2020-04-05T22:41:28+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>コロナウィルスの影響でお稽古がお休みになったり大幅に少なくなっている生徒さんや、リモートワークになって暫くたち、ワークをしているけれど相対的に運動不足をお感じの生徒さんもいらしたり、ご家族がお家にいらしてご自分のケアに割く時間や空間を確保するのも難しい場合もあるようですが、それぞれに先の見えない状況の中、様々に工夫を重ねて心身の健康を維持するべくこの時期を過ごされているようです。</p><p>　</p><p>週末の外出の自粛要請を受け、Blismileでも土曜日の自習会はお休みにした週末で、この先もそういう状況が続くかもしれないですが、「これまで学んできたことが、今、心身を健やかに保つ支えになっている&nbsp;」と仰って戴くことも多く、嬉しく思っています。</p><p>　</p><p>梨状筋症候群のような症状が出ている生徒さんには、オンラインで新正体法（一瞬整体）の操法をお伝えするようなケースもありますが、これまで日頃のレッスンの中でも少しずつ新正体法の操法をお伝えする機会もありましたので、動診や操法の際のポイントなどについては把握なさっていらっしゃる方が多く、そうした際の対応も比較的スムーズに進み、直接お会いできなくてもサポートさせていただけることがあるということがありがたいです。</p><p>　</p><p>自分で自分を良くしていく、整える、そして学んできた何がその時の自分の状態にフィットするのかを考え・実践する力を育むことをずっとレッスンの主題にして参りましたが、今こそお一人おひとりがそれを発揮し、この状況の中で学びの経験を役立て、少しでも快適に、そして心やすらかに過ごしていただけることを願ってやみません。</p>
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			<p>この週末の中学生さんのレッスンから。</p><p>左2枚は2月上旬のレッスンの前後、右2枚は今回のものです。</p><p>呼吸と骨の動きを繊細に感じていくことを通して、</p><p>「力み」が自ずと抜けていく活き合いの感触に芽生え始めました。</p><p><br></p>
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]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[創]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7873523/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/1ba06336f014fac0b496d2e6a014ab83_484bc2292922c76e9b20d41d0af859e1.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7873523</id><summary><![CDATA[道を歩む中では時として積み重ねてきたものが全て崩れ落ちるような瞬間というものに幾度も出合うものなのではないでしょうか。ある感覚に気付いた生徒さんがこれまで築いてきたものが全てご破算になってまた1から始めるような感覚を覚えられた時感極まるものがあって涙を流されました。私は、その涙がとても尊く美しく思えるのです。何かを創造していくという過程ではそれがアートでも、身体でも、ただ積み重ねるというところからあるとき混沌とした段階を経てそれらが一旦全て崩れるような瞬間があると思うのです。創造の「創」という文字には物事をはじめる。はじめてつくる。といった意味と別にきずができる。きずをつける。という意味があるように「壊す」という過程がどこかに含まれているものだと私は感じています。全てが0に戻ってしまったように思える時でも、その0は以前の0とは次元の違う世界の0であることがそこからまた一つひとつ積み重ねていく中で少しずつ感じられてくるものだと思うのです。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2020-03-07T11:37:13+00:00</published><updated>2020-03-07T11:37:14+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>道を歩む中では</p><p>時として積み重ねてきたものが全て崩れ落ちるような</p><p>瞬間というものに幾度も出合うものなのではないでしょうか。</p><p><br></p><p>ある感覚に気付いた生徒さんが</p><p>これまで築いてきたものが全てご破算になって</p><p>また1から始めるような感覚を覚えられた時</p><p>感極まるものがあって涙を流されました。</p><p><br></p><p>私は、その涙がとても尊く美しく思えるのです。</p><p><br></p><p>何かを創造していくという過程ではそれがアートでも、身体でも、</p><p>ただ積み重ねるというところからあるとき<br></p><p>混沌とした段階を経て</p><p>それらが一旦全て崩れるような瞬間があると思うのです。</p><p><br></p><p>創造の「創」という文字には物事をはじめる。はじめてつくる。</p><p><p>といった意味と別に</p><p>きずができる。きずをつける。という意味があるように<br></p>「壊す」という過程がどこかに含まれているものだと私は感じています。</p><p><br></p><p><p>全てが0に戻ってしまったように思える時</p><p>でも、その0は以前の0とは次元の違う世界の0であることが</p><p>そこからまた一つひとつ積み重ねていく中で</p>少しずつ感じられてくるものだと思うのです。</p><p><br></p>
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			<p>今月の出張講座では、</p><div>「ハイハイとハイハイをつなぐ方向変換」や</div><div>「お座り↔︎膝に立つことをつなぐ動き」に</div><div>フォーカスを向けてレッスンをしました。</div><p><br></p><p>四つ這い位のまま折り返すのではなく、</p><p>横坐りを通って向きを変換していくのですが、</p><div>その前にまず横座りの姿勢から</div><div>手を使わずに腰を浮かせて膝に乗っていく</div><div>というシンプルな動きをやってみていただいたところ、</div><div>案外できなかったり（どちらか一方が）、</div><div>すごく大変だったりすることに</div><p>「え？なんで？こっちは立てない？」と</p><div>驚かれた方もいらしたようです。</div><div><br></div><div><br></div><p>筋の働き云々以前に、</p><p>その苦手な方は立ち上がろうとする以前に</p><div>骨盤にうまく重さが流れるように座れていなかったり、</div><div>立ち上がりにくい方向に立とうとしていたり、</div><div>脚の筋力で引っ張り上げようとしていたり、</div><div>肩や首を固めていたりと</div><p>知らず識らずのうちに身体のあちこちを動員して</p><div>わざわざ大変になる動きをしているのですね。</div><div><br></div><div><br></div><p>方向変換を含んだハイハイを何往復かして、</p><p>もう一度最初の横座りから立っていく動きをしてみると、</p><div>今度は苦手だった方もスッと腰が上がるように、</div><div>その動き自体は</div><div>大腿骨にスムーズに骨盤を乗せていく</div><p>動きのコーディネーションや方向性がつかめてしまえば</p><div>それほど難しいものではないですが、</div><div>特にスタンディング・レッグとして使うのが苦手な側は、</div><div>そのようなシンプルな動きの中でも</div><div>何をしようとしているのか、</div><p>あるいはその時何をしているのか、</p><div>自分自身が気付かずに、</div><div>関節や骨を活かせない非効率な動きをしているものかもしれません。</div><p><br></p><p>そして、そのような体験をした後に</p><p>ハイハイ期前後の赤ちゃんが</p><p>どんな風にお尻を持ち上げたり、</p><div>向きを変えるような動きをしているかを見てみると、</div><div>まだお尻や脚の力も十分ではなく、</div><div>あらかじめやり方がわかっているわけではない赤ちゃんでも、</div><div>関節を柔らかく使い、重さをうまく利用して</div><div>行きたい方向に行くための準備を</div><div>様々な形で学習していることが伺えるのではないかと思います。</div><p><br></p><p>こちらの華ちゃんの成長過程の動画はハイハイまでの試行錯誤がよく記録されています。</p><p>可愛いですね！</p><p><br></p>
		</div>
	
		<div>
			<p>URL: <a href="https://youtu.be/EnCKbFqo4yo">youtu.be
					<img src="https://i.ytimg.com/vi/EnCKbFqo4yo/hqdefault.jpg" width="100%">
				</a>
			</p>
		</div>]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[肘に重さを流しながら移動する]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7599450/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/84bdd5f75f1ff04c03d3a578cb27db10_c219deec8e2e4e2761a7fee89ad692e6.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7599450</id><summary><![CDATA[先日腹つき這い、ずり這い、ハイハイなどの「ハイハイ三昧」の体験をした生徒さんが、「肘が擦りむけちゃって（笑）まだ肘で進もうとするとちょっと痛い」と仰いました。でも、それはもしかしたら肘に必要以上に摩擦がかかるような動きをしているからかもしれません。肘に重さが流れていくことや、肘に乗っていくこと、そして乗り越えていくこと。それをもう一度よく見直してみてもらった上で、もう一度腹つき履いをやっていただくと、「あれ？痛くない！」普段、リノリウム敷きのスタジオで数往復程度やっている中では、できているような気がしていたこともまだまだ開発できる余地があったりします。また、床がもっとツルツルだったり、逆に摩擦の多い絨毯だったりしたらどうでしょうか？時には環境を変えてみることも伸び代の発見に繋がる機会になると思います。肘で身体を支えられるようになってきて、最近少し方向変換するような動きもし始めた孫の様子を眺めていると、フローリングだったり布団だったりマットだったりと床の環境の違いにも適応しようと試行錯誤する中で、「肘に重さを流しながら移動する」ということのバリエーションが育まれているのを感じます。この先、手と膝で身体を支えて移動するハイハイにもなっていくのだろうと思いますが、それ以前の段階でそうして育まれていくものがあるからしっかりと手で支えることもでき、また探索することや把握するなど操作する手の機能も豊かに、そして自由になっていくのではないでしょうか。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2020-01-15T23:03:32+00:00</published><updated>2020-01-15T23:58:43+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>先日腹つき這い、ずり這い、ハイハイなどの</p><p>「ハイハイ三昧」の体験をした生徒さんが、</p><p><p>「肘が擦りむけちゃって（笑）まだ肘で進もうとするとちょっと痛い」</p><p>と仰いました。</p></p><p>でも、それはもしかしたら</p><p>肘に必要以上に摩擦がかかるような動きをしているからかもしれません。</p><p><p><br></p><p><p>肘に重さが流れていくことや、肘に乗っていくこと、</p>そして乗り越えていくこと。</p><p><br></p><p>それをもう一度よく見直してみてもらった上で、</p><p>もう一度腹つき履いをやっていただくと、</p><p>「あれ？痛くない！」</p><p><br></p><p>普段、リノリウム敷きのスタジオで数往復程度やっている中では、</p><p>できているような気がしていたことも</p><p>まだまだ開発できる余地があったりします。</p><p><br></p><p><p>また、床がもっとツルツルだったり、</p><p>逆に摩擦の多い絨毯だったりしたらどうでしょうか？</p><p>時には環境を変えてみることも</p><p>伸び代の発見に繋がる機会になると思います。</p></p><p><br></p><p>肘で身体を支えられるようになってきて、</p><p>最近少し方向変換するような動きもし始めた孫の様子を眺めていると、</p><p>フローリングだったり布団だったりマットだったりと</p><p>床の環境の違いにも適応しようと試行錯誤する中で、</p><p>「肘に重さを流しながら移動する」ということの</p><p>バリエーションが育まれているのを感じます。</p><p><br></p><p>この先、手と膝で身体を支えて移動するハイハイにも</p><p>なっていくのだろうと思いますが、</p><p>それ以前の段階でそうして育まれていくものがあるから</p><p>しっかりと手で支えることもでき、</p><p>また探索することや把握するなど操作する手の機能も</p><p>豊かに、そして自由になっていくのではないでしょうか。</p></p>
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	]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[座る↔︎立ち上がる]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7583524/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/d77fa6700193b71a96e87a3a657ddebb_336fcaf221b8ba4f0e4a1b26f55081f0.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7583524</id><summary><![CDATA[座ることはできるかもしれませんが果たして、どのように座っているのでしょうか。アンサンブルとして舞台に出演すればこんなふうに座っている時間もあればそこからすぐに立ち上がって踊りださなければならないこともよくあるのではないかと思います。立ち上がる際の脚のさばき方は様々でもまずはその座るということの中に見直せることがあるかもしれません。そして立ち上がるプロセスの中にも無意識の癖や働きの過不足が見つかったりもするのです。新正体法（一瞬整体）でこの横座りのような動きのしにくさの左右差を調べていく動診がありますが一方がやりにくい傾向があったとしたらそれがどのような日常の動きの癖と関係しているのかに気付いていく生徒さんもいます。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2020-01-13T00:05:43+00:00</published><updated>2020-01-13T03:30:14+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<div>座ることはできるかもしれませんが</div><div>果たして、どのように座っているのでしょうか。</div><div><br></div><p>アンサンブルとして舞台に出演すれば</p><div>こんなふうに座っている時間もあれば</div><div>そこからすぐに立ち上がって</div><p>踊りださなければならないことも</p><div>よくあるのではないかと思います。</div><div><br></div><div>立ち上がる際の</div><div>脚のさばき方は様々でも</div><div>まずはその座るということの中に</div><div>見直せることがあるかもしれません。</div><div><br></div><div>そして</div><div>立ち上がるプロセスの中にも</div><div>無意識の癖や働きの過不足が</div><div>見つかったりもするのです。</div><p><br></p><p>新正体法（一瞬整体）で</p><p>この横座りのような動きのしにくさの左右差を</p><p>調べていく動診がありますが</p><p>一方がやりにくい傾向があったとしたら</p><p>それがどのような日常の動きの癖と関係しているのかに</p><p>気付いていく生徒さんもいます。</p><p><br></p><p><br></p>
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	]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[寝返り]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7575266/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/9b637e4c48d6429f48457b2e15ed73ee_e6d9f317a3787d0dc849ee58e6ced642.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7575266</id><summary><![CDATA[寝返りの中でもその段階に応じて様々なことを学んでいます。大腿骨の大転子に重さが流れていくという感覚大転子で骨盤を支えるという感覚などもそのうちのひとつ。なんとなく行なってしまえば通り過ぎてしまう一瞬からもなぜ普段左の首や肩を緊張させてしまいがちなのかなぜ左軸のエカルテのデブロッペが苦手だったのかというような問いの答えも感じられてきます。そして昨日は彼女の中でどうしたら？という道筋も少しずつ拓けてきた様です。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2020-01-11T02:10:22+00:00</published><updated>2020-01-11T03:12:57+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>寝返りの中でもその段階に応じて様々なことを学んでいます。</p><p>大腿骨の大転子に重さが流れていくという感覚</p><p>大転子で骨盤を支えるという感覚なども</p><p>そのうちのひとつ。</p><p><br></p><p>なんとなく行なってしまえば</p><p>通り過ぎてしまう一瞬からも</p><p>なぜ普段左の首や肩を緊張させてしまいがちなのか</p><p>なぜ左軸のエカルテのデブロッペが苦手だったのか</p><p>というような問いの答えも感じられてきます。</p><p><br></p><p><p>そして昨日は彼女の中で</p><p><p>どうしたら？という道筋も</p><p>少しずつ拓けてきた様です。</p><br></p></p><p><br></p>
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	]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[不確かな「私」]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7555063/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/a7393cebd64c63035a8fbcf78d0a2a4f_8ca50bb49c8c505678e0c777dddd2b03.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7555063</id><summary><![CDATA[「私」が感じている身体や動きと行っていることの間にズレがあったら望む結果は生まれてくるでしょうか？自身を「見る」ということはもしかしたら時に苦々しさのようなものを伴うこともあるかもしれません。けれど、そこに立ち止まらず今は不確かでも、癖になった動きを抑制する神経のネットワークが育まれそこから徐々に新しい動きが生まれていく一つひとつの過程を丁寧に、正直に行なっていく。そして、たえず見つづけることの中で「私」という確かさもまた少しずつ育まれていくのではないでしょうか。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2020-01-09T00:33:14+00:00</published><updated>2020-01-09T00:36:48+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>「私」が感じている身体や動きと<br>行っていることの間にズレがあったら<br>望む結果は生まれてくるでしょうか？</div><p><br></p><p>自身を「見る」ということは<br>もしかしたら時に<br>苦々しさのようなものを伴うことも<br>あるかもしれません。</p><p><br></p><p>けれど、そこに立ち止まらず<br>今は不確かでも、<br>癖になった動きを抑制する<br>神経のネットワークが育まれ<br>そこから徐々に新しい動きが生まれていく<br></p><p>一つひとつの過程を<br>丁寧に、正直に行なっていく。</p><p><br></p><p>そして、たえず見つづけることの中で<br>「私」という確かさもまた<br>少しずつ育まれていくのではないでしょうか。</p>
		</div>
	
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/a7393cebd64c63035a8fbcf78d0a2a4f_8ca50bb49c8c505678e0c777dddd2b03.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p>ハイハイの中で気付いたようなことも</p><p>寝返りの中でまだ再学習の余地があることを示していたりもするのです。</p><p>赤ちゃんが歩く前に這うことを学び、這う以前に寝返りを成熟させていたように。</p>
		</div>
	
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/0a7dc64878750f58812dc350b6784146_cd9f533d538538d64e8a00584185a5df.jpg?width=960" width="100%">
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]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[2020年のレッスン始め]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7538111/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/2c56b60cf72cdcb7fa21b3bbab6cd1b7_4c85a2dad3715f5603fb5f6a0aa92926.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7538111</id><summary><![CDATA[2020年のはじまりは自習会からのスタート。前半は各自ワークに取り組み、後半の１時間は「ハイハイ三昧」の機会にしました。「アタマが真っ白になるー」という方もいらっしゃいましたが、それは身体として経験の中にある居心地かもしれません。先月のレッスンの後しばらくして、以前からお持ちのズボンを履こうとしたときに本当に床まで滑り落ちそうになって、なんだこれは〜！？と驚いたんです。と、笑いながら仰っていた生徒さんも。この約1年の間の、ハイハイはどう変化しているでしょうか。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2020-01-04T23:39:49+00:00</published><updated>2020-01-05T11:46:27+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/2c56b60cf72cdcb7fa21b3bbab6cd1b7_4c85a2dad3715f5603fb5f6a0aa92926.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>2020年のはじまりは自習会からのスタート。</div><p>前半は各自ワークに取り組み、後半の１時間は「ハイハイ三昧」の機会にしました。</p><p>「アタマが真っ白になるー」という方もいらっしゃいましたが、それは身体として経験の中にある居心地かもしれません。</p><div><br></div><p><br></p><p>先月のレッスンの後しばらくして、以前からお持ちのズボンを履こうとしたときに</p><p><br></p><blockquote><i><b>本当に床まで滑り落ちそうになって、なんだこれは〜！？と驚いたんです。</b></i></blockquote><div><br></div><p>と、笑いながら仰っていた生徒さんも。</p><p>この約1年の間の、ハイハイはどう変化しているでしょうか。</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/4e88258d1396d35bcce762ff0959b067_1d416d5f5bf48b9b93eadc01ba8b3c46.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p>感じていることと、行なっていることの違いに</p><p>またひとつ発見のあった生徒さんからは</p><p><br></p><blockquote><i><b>ひとの自然な動物としての営み、つまり生活にすべてついてまわる立つ、座る、歩くという奥深さには...だああああ～って感じです（笑）</b></i></blockquote><div><br></div><p>とご感想をいただきました（笑）</p><p>そこからまた新たな探求が始まりそうですね。</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/87b984122b4ef7da6f6ec4386fdaf4ba_367e2c2f92b0634ebb8c9afadbf3337b.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		
]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[課題は更新され、稽える力も伸びていく]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7530780/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/a96c0ddeddd13470213bcc251d1d2578_2b2091cc216747d257d1eba6970c3ae0.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7530780</id><summary><![CDATA[例えば蹲踞（そんきょ）のワークひとつをとってみても、1年目（写真上）と2年目（写真下）では変化があり、2年目には2年目の時点での成長があり、残された課題もありました。ある時点での「できた」は通過点。成長は決して直線的なものではなく、螺旋階段を登るように進み、その段階に応じて同じワークの中でも課題は更新されていきます。3年目になって以前の自分の動きを客観的に見たときに、何ができていなかったのかを見出し、蹲踞のワークだけではなく、這う動きやダイナミックアーチの様々なワークを通じた試行錯誤の経験の中で、今の自分ならどうしていけるかを稽えていく力も伸びてきていることもその言動から伺えるので、一昨年、昨年とはまた違う今の蹲踞を追求していってくれると思っています。また、特に子どもたちは「これをしましょう」と提示されて何かをするのではない、レッスン前後のちょっとした時間に遊ぶように自由に動いている姿をそっと観察していると、背骨をクネクネと様々に動かすことに熱中しているようなことや、左右対称の動きを繰り返すようなこと、あるいは同側性の動きをひたすら繰り返しているようなことがしばらく続くような時期があったりします。それから少しした頃にポーンと飛躍するような変化が出現したりもするので、それらを「やり尽くす」必要がある時期だったのだなと思うたびに、その段階の身体が求める動きによっても熟成され、促されているということを感じます。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2020-01-03T10:00:07+00:00</published><updated>2020-01-03T10:00:10+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/a96c0ddeddd13470213bcc251d1d2578_2b2091cc216747d257d1eba6970c3ae0.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p>例えば蹲踞（そんきょ）のワークひとつをとってみても、1年目（写真上）と2年目（写真下）では変化があり、2年目には2年目の時点での成長があり、残された課題もありました。<br></p><p>ある時点での「できた」は通過点。成長は決して直線的なものではなく、螺旋階段を登るように進み、その段階に応じて同じワークの中でも課題は更新されていきます。</p><p>3年目になって以前の自分の動きを客観的に見たときに、何ができていなかったのかを見出し、蹲踞のワークだけではなく、這う動きやダイナミックアーチの様々なワークを通じた試行錯誤の経験の中で、今の自分ならどうしていけるかを稽えていく力も伸びてきていることもその言動から伺えるので、一昨年、昨年とはまた違う今の蹲踞を追求していってくれると思っています。</p><p><br></p><p>また、特に子どもたちは「これをしましょう」と提示されて何かをするのではない、レッスン前後のちょっとした時間に遊ぶように自由に動いている姿をそっと観察していると、背骨をクネクネと様々に動かすことに熱中しているようなことや、左右対称の動きを繰り返すようなこと、あるいは同側性の動きをひたすら繰り返しているようなことがしばらく続くような時期があったりします。</p><p>それから少しした頃にポーンと飛躍するような変化が出現したりもするので、それらを「やり尽くす」必要がある時期だったのだなと思うたびに、その段階の身体が求める動きによっても熟成され、促されているということを感じます。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
		</div>
	]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[私は、私の知らない「わたし」で満ちている]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7523372/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/825b549fef4074a5c23b3bfbd9345178_7ec2da7e00e716d38ef1efb7125990d9.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7523372</id><summary><![CDATA[あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。私は、私の知らない「わたし」で満ちているナチュラリゼーションの道のりにある大きなテーマはそれを体験として識ることではないかと私は思っています。その中には嬉しい発見も、楽しい発見も、面白さももちろんあるでしょう。その一方で「私はこんなことをしてきていたのか」「こんなこともできていなかったのか」という少々がっかりするような発見もあれば発見したところで私が意図するように「わたし」はすぐには変わってくれないというもどかしさを覚えたり課題を発見した段階よりもっと前の段階や、別のフェーズに本当はできてはいなかったやり残しがあったことに気付かされる。けれどもむしろ後者のような発見や葛藤にどうしたら？と稽え行為する過程で育まれているものが要だと思うのです。「失敗しないように」「早く、スムーズに進めるように」生徒さんが気付かない段階でも教えてしまえば効率が良くなる面もあるのかもしれません。ですが、現代に生きる私たちに圧倒的に足りないのは後者の経験であるように感じています。私の知らない「わたし」それがどのような「わたし」でも対峙する時間にいたたまれなくなって「対抗」「回避」「逃避」したくなってはいないでしょうか？けれども、何も動いていきそうにない対峙の時間の中から当初の自分が思ってもみなかった進展や課題の解決が生じても来ることやそれらを見出す力がご自身の中にあったということに驚くような体験を継続していらした皆さんは少しずつ経験してきていると思います。「立つ」「歩く」以前の過程をさらいなおすナチュラリゼーションという体験の中ではせめて十分にそれを経験して戴きたい。そのことがナチュラリゼーションのその先でダンスの技術の教えを受けながら自らを磨いていく礎となっていくのだと思います。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2019-12-31T23:21:50+00:00</published><updated>2020-01-01T00:43:33+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>あけましておめでとうございます。<br></p><p>本年もどうぞよろしくお願いいたします。</p><p><br></p><h4 style="text-align: left;"><i>私は、<br></i><i>私の知らない<br></i><i>「わたし」で満ちている</i></h4><p><br></p><p>ナチュラリゼーションの道のりにある</p><p>大きなテーマは<br></p><p>それを体験として識ることではないかと</p><p>私は思っています。</p><p><br></p><p>その中には</p><p>嬉しい発見も、楽しい発見も、面白さも</p><p>もちろんあるでしょう。</p><p><br></p><p>その一方で<br></p><p>「私はこんなことをしてきていたのか」<br></p><p>「こんなこともできていなかったのか」<br></p><p>という<br></p><p>少々がっかりするような発見もあれば</p><p><br></p><p>発見したところで<br></p><p>私が意図するように「わたし」は<br></p><p>すぐには変わってくれないという</p><p>もどかしさを覚えたり<br></p><p>課題を発見した段階より<br></p><p>もっと前の段階や、</p><p>別のフェーズに<br></p><p>本当はできてはいなかった<br></p><p>やり残しがあったことに気付かされる。<br></p><p><br></p><p>けれども<br></p><p>むしろ後者のような発見や葛藤に<br></p><p>どうしたら？と稽え<br></p><p>行為する過程で育まれているものが<br></p><p>要だと思うのです。</p><p><br></p><p>「失敗しないように」<br></p><p>「早く、スムーズに進めるように」<br></p><p>生徒さんが気付かない段階でも</p><p>教えてしまえば</p><p>効率が良くなる面も</p><p>あるのかもしれません。</p><p><br></p><p>ですが、<br></p><p>現代に生きる私たちに</p><p>圧倒的に足りないのは</p><p>後者の経験であるように感じています。</p><p><br></p><p>私の知らない「わたし」</p><p>それがどのような「わたし」でも</p><p>対峙する時間にいたたまれなくなって</p><p>「対抗」「回避」「逃避」</p><p>したくなってはいないでしょうか？</p><p><br></p><p>けれども、何も動いていきそうにない<br></p><p>対峙の時間の中から<br></p><p>当初の自分が</p><p>思ってもみなかった進展や<br></p><p>課題の解決が生じても来ることや<br></p><p>それらを見出す力が<br></p><p>ご自身の中にあったということに</p><p>驚くような体験を</p><p>継続していらした皆さんは</p><p>少しずつ経験してきていると思います。</p><p><br></p><p>「立つ」「歩く」以前の過程をさらいなおす</p><p>ナチュラリゼーションという体験の中では</p><p>せめて十分にそれを経験して戴きたい。</p><p><br></p><p>そのことが</p><p>ナチュラリゼーションのその先で</p><p>ダンスの技術の教えを受けながら</p><p>自らを磨いていく礎と</p><p>なっていくのだと思います。</p><p><br></p><p><br></p>
		</div>
	
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		</div>
		
]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[さらう]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7510353/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/566952c49aea32420db03a287e73200f_d67687f23a524140181cea03c0900d9d.jpg"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7510353</id><summary><![CDATA[プライマリーな道のりを掘り下げていく過程では楽しい発見、面白い発見もあれば時には目を背けたくなったり諦めたくなったりすることもポンと飛躍するときも停滞するときもきっと皆、あると思います。それでも、見方や稽え（かんがえ）方を問い直しつつ行いを続ける中で停滞につながる要素をそれ以前の過程から再発見し復習い（さらい）直していく中であるときフッと道が拓けるようにもう一歩先の段階の課題へと進んでいたりすることを経験し「わかる」ということがある段階での「分かたれた」側面や点でありその足し算だけで熟成されるものでもないことを感じられた方もいるのではないでしょうか。「さらう（復習う）」という言葉は川・井戸などの底にたまった泥などを取り除くという意味を持つ「浚う」という言葉と同源であることを思い出す時私はとても腑に落ちるものを感じます。滞りを無くし流れを良くしていくには浚うことが必要なように都度の「わかった」にも先験的な「わかる」にも居つくことなく余分な働きや不要になったパターンを浚うように行為し続ける中で熟成され、生起してくることを待つという時間もやはり必要でそのわからなさの居心地に座りの悪さを覚えなくなった頃ようやく拓かれていくものもあるのです。新鮮な驚きや、発見、わかりやすい変化の面白い1年目躓いたり、停滞を覚え、混沌とする2年目それらを経験した3年目以降がむしろナチュラリゼーションの本当の面白さを見いだせるフェーズかもしれません。なぜならそうして浮き上がってきたものが大きな飛躍につながる課題であることが多々あるからです。今年も1年ありがとうございました。来年もまた皆さまとナチュラリゼーションの時間を重ねていくことを楽しみにしています。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2019-12-30T09:30:00+00:00</published><updated>2019-12-31T04:23:50+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p>プライマリーな道のりを掘り下げていく過程では<br></p><p>楽しい発見、面白い発見もあれば<br></p><p>時には目を背けたくなったり</p><p>諦めたくなったりすることも</p><p>ポンと飛躍するときも</p><p>停滞するときも</p><p>きっと皆、あると思います。</p><p><br></p><p>それでも、</p><p>見方や稽え（かんがえ）方を問い直しつつ</p><p>行いを続ける中で</p><p>停滞につながる要素を</p><p>それ以前の過程から再発見し</p><p>復習い（さらい）直していく中で</p><p>あるときフッと道が拓けるように</p><p>もう一歩先の段階の課題へと</p><p>進んでいたりすることを経験し</p><p>「わかる」ということが</p><p>ある段階での「分かたれた」側面や点であり</p><p>その足し算だけで熟成されるものでもないことを</p><p>感じられた方もいるのではないでしょうか。</p><p><br></p><p><br></p><p>「さらう（復習う）」という言葉は</p><p>川・井戸などの底にたまった泥などを</p><p>取り除くという意味を持つ</p><p>「浚う」という言葉と同源であることを思い出す時</p><p>私はとても腑に落ちるものを感じます。</p><p><br></p><p>滞りを無くし</p><p>流れを良くしていくには</p><p>浚うことが必要なように</p><p>都度の「わかった」にも</p><p>先験的な「わかる」にも居つくことなく</p><p>余分な働きや</p><p>不要になったパターンを</p><p>浚うように行為し続ける中で</p><p>熟成され、生起してくることを</p><p>待つという時間もやはり必要で</p><p>そのわからなさの居心地に</p><p>座りの悪さを覚えなくなった頃</p><p>ようやく拓かれていくものもあるのです。</p><p><br></p><p>新鮮な驚きや、発見、</p><p>わかりやすい変化の面白い1年目</p><p>躓いたり、停滞を覚え、混沌とする2年目</p><p>それらを経験した3年目以降が</p><p>むしろナチュラリゼーションの本当の面白さを</p><p>見いだせるフェーズかもしれません。</p><p>なぜなら</p><p>そうして浮き上がってきたものが</p><p>大きな飛躍につながる課題であることが</p><p>多々あるからです。</p><p><br></p><p>今年も1年ありがとうございました。</p><p>来年もまた</p><p>皆さまとナチュラリゼーションの時間を</p><p>重ねていくことを楽しみにしています。</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/864643/566952c49aea32420db03a287e73200f_d67687f23a524140181cea03c0900d9d.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		
]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry><entry><title><![CDATA[フラット]]></title><link rel="alternate" href="https://blismile.amebaownd.com/posts/7507837/"></link><id>https://blismile.amebaownd.com/posts/7507837</id><summary><![CDATA[ずいぶんと昔になりますがポール・ド・ブラのムーブメントの方向によって異なる母音を発声するようなイメージを持つということをバレエの師からご指導いただいたことがあります。当時はただ、腑に落ちるような印象を覚え目からウロコ的な視点でそれを受け止めていたのですが長い年月が経ちその導きの簡潔な言葉の中の奥行きを今の私として感じその言葉に対する考えを更新したりもしています。その時の「わかった」は分かたれた表層の一面に過ぎない。そのときの自分の成長段階に見合った気付きでしかない。ナチュラリゼーションを続けているとそのように感じることが度々起こるからわかる、わからないできる、できないといったことに対してフラットになっていくようにも思います。ただ、どれだけ咀嚼に時間がかかっても自分の記憶の引き出しに残り続けるような言葉はきっと本質的な何かをそこに必ず孕んでいるものかもしれません。]]></summary><author><name>blismile</name></author><published>2019-12-28T15:40:00+00:00</published><updated>2019-12-31T04:23:42+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>ずいぶんと昔になりますが</p><p>ポール・ド・ブラのムーブメントの方向によって</p><p>異なる母音を発声するようなイメージを持つということを</p><p>バレエの師からご指導いただいたことがあります。</p><p><br></p><p>当時はただ、腑に落ちるような印象を覚え</p><p>目からウロコ的な視点で</p><p>それを受け止めていたのですが</p><p>長い年月が経ち</p><p>その導きの簡潔な言葉の中の奥行きを</p><p>今の私として感じ</p><p>その言葉に対する考えを</p><p>更新したりもしています。</p><p><br></p><p>その時の「わかった」は</p><p>分かたれた表層の一面に過ぎない。</p><p>そのときの自分の成長段階に</p><p>見合った気付きでしかない。</p><p><br></p><p>ナチュラリゼーションを続けていると</p><p>そのように感じることが度々起こるから</p><p>わかる、わからない</p><p>できる、できないといったことに対して</p><p>フラットになっていくようにも思います。</p><p><br></p><p>ただ、どれだけ咀嚼に時間がかかっても</p><p>自分の記憶の引き出しに</p><p>残り続けるような言葉はきっと</p><p>本質的な何かをそこに必ず</p><p>孕んでいるものかもしれません。</p><p><br></p><p><br></p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://www.instagram.com/p/B6n5nFSnMZ2/media?size=l&width=960" width="100%">
		</div>
		
]]></content><rights>© 2020 Blismile All rights reserved.</rights></entry></feed>